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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)94号 判決

原告

高安安寿

右訴訟代理人

近藤與一

外三名

被告

小石川税務署長

藤沢保太郎

右指定代理人

渡辺等

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告が昭和四五年一一月三〇日付でなした原告の昭和四三年分の所得税の総所得金額を五、一八〇、一五〇円とする更正決定及び過少申告加算税賦課決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、弁護士を業とするものであるが、昭和四三年分の所得税につき、昭和四四年三月一四日被告に対し総所得金額(事業所得)を三二〇、一五〇円として確定申告したところ、被告は昭和四五年一一月三〇日、これを五、一八〇、一五〇円(事業所得三四〇、一五〇円、一時所得四、八四〇、〇〇〇円)とする更正決定及び過少申告加算税の賦課決定(以下本件更正処分という。)をした。

原告は、適法な異議手続を経て昭和四六年六月三日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、昭和四七年四月二五日本件更正処分を一部取消し、総所得金額を五、一三五、九五〇円とする旨の裁決がなされた。

2  しかし、原告の同年分の総所得金額は、確定申告に係る事業所得三二〇、一五〇円を超えないものであるから、被告のなした本件更正処分は違法である。

よつて、本件更正処分の取消を求める。〈以下―略〉

理由

一請求原因1の事実(本件課税処分の経緯)は、当事者間に争いがない。

二本件更正処分の適否について判断する。

1  一時所得(もしくは譲渡所得)について

(一)  被告は、本件補償金が、所得税法(昭和四六年法律第一八号による改正前のもの、以下法という。)三四条所定の一時所得もしくは法三三条所定の譲渡所得であると主張する。

一時所得は、法二三条から三三条までの譲渡所得等以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいうと規定され、他方譲渡所得は、資産の譲渡による所得をいうと規定されているから、本件補償金が一時所得であるか、譲渡所得であるかを決すためには、先ず本件補償金が資産の譲渡の対価としての性質を有するか否かを決しなければならない。

家屋明渡に際して、明渡をする者に対して支払われる立退料は、例えば移転費用の補償、営業補償、借家権補償等の各種の性質があり、具体的事情をはなれて、その性質を一般的に決すことはできないものであるところ、本件においては、〈証拠〉を総合すると、本件事務所の賃借権の存否に関しては当事者間に何らの争いもなかつたところ、原告は本件ビルの所有者の要請に応じて、本件補償金を受領するのと引換えに賃借権を放棄し、本件事務所を明渡したものであることが認められるから、本件補償金は、原告が有していた賃借権を消滅させる対価としての性質を有しているものと解すべきである。

ところで、借家権に対する借家法の態度は、譲渡性よりはむしろ居住性の保護に重点を置いていることは否定できず、賃借人が賃貸人に無断で賃借権を譲渡することはできないけれども、そうであるとしても、承諾を得れば譲渡することができ、従つて、また、右権利の譲渡性は社会生活上、一般に金銭的評価が可能なものとして、経済的な価値を有するものであり、現に本件においては本件借家権が右のごとき価値あるものとして、その消滅の対価として本件補償金が授受されたものであることは前示のとおりであるから、借家権は所得税法上資産であると解するのが相当というべきである。

そして、譲渡所得は、資産の値上りによる含み益が処分によつて実現したものであるから、処分によつて含み益が実現しさえすれば足りるのであつて、売却等資産が譲渡によつて他に移転する場合だけではなく、資産が消滅する場合においても譲渡所得が生ずるものと解すべきである(例えば、土地収用によつて、土地及びそれに対する賃借権が収用され、土地所得者、賃借人に補償金が支払われた場合の賃借権の消滅に関する租税特別措置法三三条ないし三三条の四参照)。

従つて、本件補償金は譲渡所得に当るものというべきである。

(二)  原告は、本件補償金が課税所得でないと種々反論するが、そのうち、本件補償金は新に賃借する事務所の権利金(借家権)の対価であつて、課税所得ではないとの主張は、原告の意図が本件補償金を新に賃借する事務所の権利金の支払にあてるにあつたとしても、そうであるからといつて本件補償金をもつて実費弁償の性質を有するに過ぎない単なる移転費用と同視することはできず、本件補償金が前示のとおり借家権消滅の対価たる性質を有することに消長を来たすわけのものではないというべきであるから、失当である。借家権の交換に等しいから課税所得は生じないとの趣旨の主張は、交換と目すべき事実関係が何ら認められず、本件について民法上の交換をいう余地は全くないのみならず、たとえ交換の場合であつても、譲渡所得が発生することはいうまでもないところである(法五八条参照)から、失当である。更に、補償金は、借家権喪失の代償としての性質をもつ損害補償金であるから法九条一項二一号に該当し、非課税所得であるとの主張も、本件について同条同号、その他所得税法施行令三〇条所定の要件に該当する事実が何ら認められないので失当である。原告の以上の主張は、いずれも採用することができない。

(三)  原告は、本件補償金の取得が譲渡所得に当るとしても、一時所得として課税した処分について、一時所得ではなく譲渡所得であると主張することは違法であると主張する。

しかしながら、本訴の訴訟物は本件更正処分についての違法性一般であり、しかも本件補償金が一時所得に当るか、譲渡所得に当るかは、一の課税所得に関する法的評価の差異に過ぎないものというべきであるから、原告の主張するような点を加味してみても、本件の審判が一時所得に当るか否かに限定されて、譲渡所得に当るか否かには及ぼし得ないとし、あるいは原告の主張するような手続を経なければ、譲渡所得に当るとの主張がなし得ないとする法律上の根拠は存在しないものというべきである。

原告の右主張も採用することができない。

(四)  原告は、総収入金額から控除すべきものとして、被告の認めたもののほか、その主張の(イ)ないし(ホ)を総収入金額から控除すべきであると主張する。

しかし、(イ)自宅の増改築工事代は、譲渡による所得の処分であつて、譲渡に要する費用に該当するとは解せられず、(ロ)権利金五〇〇円を支出したことを認めるに足りる証拠がなく、(ハ)、(ニ)の各塗装工事代は本件事務所の維持、管理のための費用であると解せられ、取得費として控除すべき設備費、改良費と認定するに足る証拠はない。又、(ホ)特別控除額は、本件係争年分に適用される前掲法三四条三項によると被告の認めた三〇〇、〇〇〇円が相当である。

原告の控除についての主張はいずれも採用することができない。

(五)  従つて、譲渡所得に係る総収入金額一〇、〇〇〇、〇〇〇円から、取得費及び譲渡費用として一〇八、四〇〇円及び特別控除額三〇〇、〇〇〇円を控除すると、譲渡所得の金額は、九、五九一、六〇〇円となる。

2  事業所得について

原告が事業所得に係る総収入金額を一、五八四、八七九円として確定申告したこと、右申告中事業所得に係る必要経費一、二六四、七二九円のうちに移転費用二〇、〇〇〇円が含まれていることについては、原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。ところで右移転費用は、事業所得を得るために直接に要した費用とは認められない(但し、右移転費用は、譲渡所得から控除すべき経費として控除されていることは当事者間に争いがない。)ので、同額を控除すると事業所得に係る必要経費は一、二四四、七二九円となる。従つて、原告が確定申告した事業所得に係る総収入金額一、五八四、八七九円から右必要経費一、二四四、七二九円を控除した三四〇、一五〇円が事業所得であると認められる。

3  以上によれば、原告の総所得金額は、譲渡所得金額九、五九一、六〇〇円の二分の一に相当する金額四、七九五、八〇〇円と事業所得金額三四〇、一五〇円との合計額五、一三五、九五〇円となるから、被告のなした本件更正処分(国税不服審判所長の裁決により一部取消された残余の部分)には何らの違法はないものというべきである。

三よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(内藤正久 山下薫 飯村敏明)

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